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自分の価値を最大化できる環境で「哲学のあるものづくり」をしていきたい - セオ商事 新多真琴 (ar_tama) 氏

この連載では、「Forkwell Jobs」の開発にも関わるフリーランスエンジニアの後藤大輔(@idesaku)が、さまざまな企業で働くエンジニアとリレー形式で対談を行っていきます。

前回のユーザーローカル、三上俊輔氏からご紹介のあった第9回目のゲストは、セオ商事の新多真琴氏(@ar_tama)です。

「音楽大学出身」という、このリレーインタビューに登場してくださった方のなかではかなり異色な経歴をお持ちの新多さん。学生時代には、自ら iOSアプリなどの開発を行いながら「カヤック」「Google」でのインターンを経験。卒業後は「ディー・エヌ・エー(DeNA)」で大規模プラットフォームの開発、運用を担当し、エンジニアとしてのキャリアを積んでこられました。2016年7月には、元カヤックの瀬尾浩二郎氏が社長を務める「セオ商事」に入社。新しいかたちでの「ものづくり」に挑戦しようとしておられます。

もともと「音楽」を専門とされていた新多さんが「エンジニア」の道を進もうと思ったきっかけ。インターン先や DeNA での経験。そしてセオ商事でこれからやっていきたいと考えていることなど、今回も幅広くお話しを伺いました。

新多さんご指名のリレー相手は、インタビューの最後でご紹介します!

音大生「あらたま」が「プログラミングの楽しさ」に目覚めたきっかけ

後藤:
ユーザーローカル三上さんよりご紹介をいただき、今回はセオ商事の新多真琴さんにお話しを伺います。このリレーインタビューで、女性エンジニアの方にお会いするのは今回が初めてですね。どうぞよろしくお願い致します。

新多:
よろしくお願いします。

後藤:
先ほどお名刺交換させていただいたときに「あらたまです」と名乗っておられたので、今日は「あらたまさん」とお呼びしてよろしいでしょうか?

新多:
はい、お好きに(笑)。業界の知人には、普段から「あらたま」と呼ばれることが多いんですよ。

後藤:
ご紹介いただいた三上さんとは、どういったところで知り合われたんですか。

新多:
このインタビューでも何度か名前が出てきている「若手Webエンジニア交流会」ですね。大学4年の頃、まだ交流会が1回目か2回目くらいだったころからお邪魔していました。後に DeNA で一緒に働くことになる坂本さん(リレーインタビュー第7回登場の坂本卓巳氏)から誘っていただいたといった感じです。

後藤:
坂本さんとは、DeNA に入る以前からお知り合いだったんですよね。

新多:
はい。もともと私は学生スタートアップで iOSアプリを作るようなことをやっていまして、その縁で坂本さんや suzukenさん(第6回のfluct 鈴木健太氏)とは顔見知りでした。

後藤:
「国立音楽大学」のご出身ですよね。専攻から考えても、いわゆる理工系の学生さんと知り合いになるきっかけというのはあまり多くないのではと思ったんですが。

新多:
学生スタートアップ同士の横のつながりが、結構あったんですよ。その中で、同年代のエンジニアの知り合いを互いに紹介しあって…みたいな感じだったと思います。

後藤:
理工系の学生だった suzukenさんや坂本さんが、エンジニアとして学生スタートアップに参加するというのは、割と自然な流れかなと思うんですが、音楽の道を進まれていたあらたまさんが、エンジニアとしてというのは、かなりイレギュラーに感じるんです。そのあたりのお話しを聞かせてください。国立音楽大学では、具体的にどんなことをしていたのでしょうか。

新多:
音楽学部の音楽文化デザイン学科、音楽創作専修(コンピュータ音楽)というところに在籍していたのですが、そこでいわゆる打ち込みの DTM というよりも、いろんな楽器の音をコンピュータでリアルタイムに変調させて、新しい表現形式を探っていくようなことをやっていました。いわゆる「現代音楽」の研究がテーマでしたね。

後藤:
なるほど、もともとコンピュータを扱う学部に在籍していらしたのですね。

新多:
初めてプログラミングに触れたのは「Max/MSP」という音楽向けのビジュアルプログラミング環境でした。ご存じですか?

後藤:
いいえ。どういったことができるんですか。

新多:
例えば、sin波を出すオブジェクトやスピーカーを表すオブジェクトなどがあって、そういったものをビジュアル的に線でつなげて音楽を作っていくんです。自分で C言語を使ってライブラリを書き、Max/MSP に組み込んで動かすようなこともできます。

そこから「Processing」や「ActionScript」「OpenFrameworks」と、使う言語やプラットフォームを広げていって「プログラミングって、楽しいなぁ」と思うようになって、今に至るといった感じです。

後藤:
なるほど。音楽自体は好きであり続けながら、その道とネットやコンピュータとの組み合わせでできることのほうに、より面白味を感じるようになったという感じですね。

新多:
当たり前ですけれど、数学の理論なんかもきちんと勉強するんですよ。フーリエ変換を使って、ある音の中から特定の要素だけを抽出して、ピーキーにしてみたり、カットしてみたりといったこともやります。

楽器の奏者が人間である以上、その表現の幅にはおのずと限界がありますよね。例えば、あるスピード以上での演奏はムリだとか。そこにテクノロジーを導入して、人間の身体と楽器だけでは難しい、新たな音楽表現を見つけていくといったことがテーマになっていました。デジタルな音楽でアナログを代替するのではなく、デジタルで音楽の世界を「拡張」していく感じですね。

後藤:
そのためのアプローチは、非常に理系的なのですね。音楽大学では、演奏だけでなくいろいろな分野のことを教えているのだということを知って、感心しています。

新多:
私のいた学科が、その点ではかなり変わっていたのかもしれません。ほかにも、医療分野に音楽を応用する「音楽療法」を研究している専修科もありましたし。

大学に通うかたわら「カヤック」「Google」でのインターンを経験

後藤:
エンジニアとしてのキャリアについてのお話しを少しずつ伺っていきたいと思うのですが、プログラミングを本格的にやっていこうと思ったきっかけは何だったのでしょう。

新多:
先ほどの Max/MSP は、研究の一環で使っていたのですが、その後、Processing を使ってミュージックビジュアライザーを作るといったこともやりました、その頃から、徐々に自分が作ったものをツールとして多くの人に使ってもらい、楽しんでもらうことが面白くなってきたんです。

ActionScript を使って AIR環境で動く Twitterクライアントを実際に作ってみたりもしていました。これがとても楽しくて。

後藤:
ついに音楽とは関係無いところにいっちゃいましたね(笑)。

新多:
そんな音大生がここにいます(笑)。

それで、そのとき参考にした本の著者が、今いる「セオ商事」の瀬尾さん(瀬尾浩二郎氏)で、当時は「面白法人カヤック」に在籍していたんですね。それがきっかけで「カヤックにインターンに行きたい」と思うようになりました。御縁あって、カヤックでは大学3年のときに4カ月ほど働かせていただいて、メンターとして瀬尾さん本人についてもらえました。

後藤:
技術書を読んで、その著者に興味を持ってインターンに入られたというのはユニークですね。

新多:
結局、そこに就職はしなかったんですが…。インターン先としては、そのほかに Google にも行っていました。

後藤:
そちらはどういうきっかけですか。

新多:
Google がやっている「GTUG Girls」という女性向けの勉強会がありまして、それに参加したんです。たしか「JS を使って Chrome拡張を作ってみよう」みたいな回だったのですが、スクリプトを Emacs で書いていたら…

後藤:
え? 今、Emacs とおっしゃいました?

新多:
ええ。ほかの人が「メモ帳」とか「秀丸」とか使っている中で、1人「Emacs」を使っていたら「おお、Emacs使いがおる!」みたいな感じで講師の印象に残ったようで。その方から懇親会で、「興味があれば」とインターンのプログラムを教えていただき、参加しました。

後藤:
ツールへのこだわりって、大切なんですね(笑)。

新多:
Emacs、いいと思うんですよね。

後藤:
Google でのインターンは、どれくらいの期間やっていたんですか。

新多:
1カ月ほどでした。参加1日目に SICP(計算機プログラムの構造と解釈)をテキストとして渡されて、それから週に1回講義のようなものを受けながら…といった感じで。

後藤:
1日目から SICP がテキスト! そりゃまた、かなりヘビーですね。

新多:
「うーん、ちょっとしんどいなー」と思いながら、講義にはテキストを持っていくんですけれど、結局はあまり開かないまま終わってしまったりして。まだ、そのテキスト、うちに積読されています。

後藤:
企業でのインターンと、大学での研究を並行してやっておられた方は、これまでインタビューを受けてくださった方の中にも何人かいらっしゃいましたが、時間のやりくりなど、大変ではなかったですか。特に新多さんの場合は、双方の内容もあまり重ならないと思うのですが。

新多:
そうですね。インターンでやっていたことと、研究の内容に重なる部分はほぼなかったです。でも、大学での研究も、それはそれで楽しんでやっていましたし、自分としては、一見重なるところのない両者を、なんとかうまくつなげられないかと考えて、いろいろやっていたような気がします。

私の大学では、年に2回、学生が交代で演者とスタッフを務めるコンサートをやっていたのですが、そこで、2年の終わりごろに、ユーザーの Twitter上の発言を拾ってきて、形態素解析や感情分析から「あなたの感情に合ったイラストと音楽を流す」というインスタレーションを出品したりしていました。精度はそんなに高くないんですけれど、あれは、自分なりに、自分の研究分野と、IT系のスキルを組み合わせてみようとした結果だったように思います。

後藤:
面白そうなプロダクトですね。大学生活のかなり早い段階から、自分の関心がそのようなツールを作るという方向に向いていたということを自覚していらっしゃったように感じます。

新多:
その作品を作るときには、プログラミング担当、イラスト担当、音楽担当と手分けして当たったのですが、実はその時、私は音楽担当だったんです。でも、音楽を作りながら「プログラミングのほうが楽しそうだなぁ。あっちがやりたいなぁ」と思っていたので、その後の進路は必然だったのかもしれませんね。

DeNA に新卒入社し「エンジニア」の道へ

後藤:
卒業後は新卒で DeNA に入られるわけですが、あえてインターンに行ったところではない、別の企業を選ばれたのですね。何か、きっかけになるような出来事があったのですか。

新多:
まず、インターンでカヤックにいたころ、ちょうど Twitter の bot が流行っていたんです。それで「自分でも bot を作りたい!」と思い、当時あまり詳しくなかったサーバサイドについて勉強し始めました。既にサーバサイドで使えるスクリプト言語の選択肢はいろいろあったんですが、できる限りニッチそうなのをやろうと思って選んだのが「Perl」で。

後藤:
「Perl」が「ニッチ」というのは爆弾発言ですね(笑)。

新多:
私、JPA(Japan Perl Association)のメンバーなんですけれどね(笑)。まぁ、そんな感じで Perl を勉強しはじめたのですが、つまづくところもあり、そういうときはカヤックのエンジニアの方に習ったりもしました。

その方から「YAPC(Yet Another Perl Conference)」というイベントがあることを教えてもらって参加したのですが、その時に基調講演をされていたのが、現在 DeNA で執行役員をされている hidekさん(木村秀夫氏)だったんです。そこで、初めて DeNA という会社を知り、ハッカーのチームをどうまとめていくかといったテーマの講演を聞いて「面白そうな会社だなぁ」と思ったのが、最初のきっかけでしたね。

後藤:
就活サイトで見つけたりといった、よくあるパターンではないのですね。

新多:
就職活動では、懇親会や勉強会などで、そこで働いている人から直接「こんな職場だよ」という生の声を聴けたところから、優先的にアプローチしていましたね。中の人の声を聴けているというのが、自分にとっての大きな安心材料になっていたと思います。

入社後すぐに任された大規模チームの「マネジメント」

後藤:
DeNA への入社後には、すぐにマネジメントを担当されることになるんですよね。これは本人の希望というより、会社側からの要求だったわけですか。

新多:
そうですね。私が入ったのは、現在オープンプラットフォーム事業本部と呼ばれている部署でした。業務領域が拡大していく中で、当時、社内外向けの広告SDK を作るプロジェクトが動き始めていました。そのプロジェクトは、エンジニアリング担当者だけでなく、企画部門の人、SDK の開発部署の人、マーケティング担当者、分析チームなども加わった大所帯になっていたんです。

これだけの規模になると、どうしてもエンジニアリングとビジネスロードマップの間にズレが生まれがちになるので、全体の流れを把握しながらズレを補正していく、マネージャー的な立場の人間が必要になります。その役割を「意外とはまるんじゃない?」みたいな軽いノリで振られて、「はぁ」と答えた形になります。

後藤:
軽いノリで振られたわりには、めちゃくちゃ重要な役割じゃないですか?

新多:
今思えば、そうだったかもしれません。ただ、つまるところ、やるべきことはプロジェクトでこぼれた球の「球拾い」が中心だったりします。そういうことが得意なように思われたのでしょうね。自分もコードを書きながら、スケジューリングをしたり、進ちょくをチェックしたり、といったことをやっていました。JIRA や Confluence を使いつつ、足りない部分は直接足を運んでコミュニケーションするといった感じで。

後藤:
社内を駆け回っていたわけですね。

新多:
メンバーから「あのあたりから不穏なニオイがするけど大丈夫かな?」と聞いて、さりげなく様子を見に行ったり(笑)。

後藤:
学生時代の研究やツール作りは、個人や数名で完結するものだったと思うのですが、大人数のチームでものを作っていく過程を管理するのは、それとはまったく違う経験になりますよね。

新多:
DeNA に入った理由のひとつとして、「個人」のレベルでは成立させることが難しいサービスなり、ビジネスなりを中から知りたい、あるいはそこでパフォーマンスを出せるようになりたいという思いがあったんですね。その意味では、入社前のイメージに近い形で、実際にお仕事をさせていただいたと思っています。

後藤:
「IT業界あるある」として、エンジニアとして就職したものの、30歳くらいで「お前、マネージャーやれ」と言われて、自分の志向とのギャップに思い悩む…というのがあると思うのですが、あらたまさんの場合、入社後すぐにマネジメント的な役割を求められたことで、そうした抵抗を感じたりはしなかったんでしょうか。

新多:
もちろん最初から「マネージャー」をやりたいと思っていたわけではありません。でも実際、与えられた役割を果たす中で、自分が「マネージャー」だと意識したことはなかったんですよ。ステークホルダーのところに行って、要求をまとめ、設計に落とし、コードを書いて、リリースするという流れにはすべて関わっていましたしね。自分でも手を動かしつつ、自分だけでは難しいことを人にお願いしながらモノを作るということをシンプルにやってきたと思っています。

社員3名の「セオ商事」にエンジニアとして参加

後藤:
DeNA でのお仕事はとても充実していたということなのですが、先日退職され、この7月に「セオ商事」へ入社されました。まず端的に「なぜ?」というところからお伺いしてもいいでしょうか。

新多:
うーん。なぜなんでしょう…。

きっかけとしては、瀬尾さんがカヤックを辞めて1人でやられていた「セオ商事」のポッドキャストに、昨年から聞き手として呼んでいただいたりしていたのですが、セオ商事を法人化するにあたって社員を集めており「2人目として入らない?」と誘っていただいたんです。

正直なところ、DeNA を辞めるタイミングについては非常に悩みました。いればいるほど成長できる環境でしたし、入社から数年たって、きちんと仕事が回せるようになって、その点で周囲の方にも信頼してもらえていると実感できていたところでした。あくまでも、自己評価ですけれどね。少なからず、その環境から出ることが「惜しい」という気持ちはありました。

最終的に、セオ商事に移る決心をして会社に相談したときには「もし、似たような業種で似たようなことをやるつもりなら全力で引き留めたけれど、そこまでエッジなことをやっていこうとしているのであれば、喜んで送り出したいと思う」と言ってもらえました。とてもありがたかったし、嬉しかったです。

後藤:
セオ商事は、現在3名でやっていらっしゃるんですよね。DeNA と比べて環境は激変したと思うんですが、入る前に考えられていたこととギャップはありましたか。

新多:
すごく変わりましたけど、このことはポジティブに捉えています。

前職では、まず大きく「会社の事業のロードマップ」があって、その中で自分がかかわる範囲を広げたり、縮めたりしながら、仕事を進めていくという形でした。

でも、セオ商事では、会社として「今後どうしていきたい」という方針・イメージは共有されているんですけど、そこまで具体的なロードマップは作っていません。それよりも、クライアントの「思い」を実現するために、どのような形、どのような方法が良いのかを、コンサルタント的な立場で「一緒に考えていく」ことになります。そういう視点で仕事をしたことはこれまでになかったので、新鮮ですね。

後藤:
その仕事内容だと、さらに「自分で何かを作る」というところからは離れてしまっているようにも受け取れるのですが、そうではないのですか?

新多:
もちろん、私たちで実装の部分まですべてを担当できればベストで、そこを目指したいとは思っているんですが、それができるケースはまだ少ないですね。とはいえ、この会社で自分に求められているのは「エンジニア」としての役割ですし、今後自社でのプロダクト作りも考えているので、ちょうどいい規模の案件を、素振りしながら待ち構えている状況です。

あらたま流「自分の価値の最大化」戦略とは

後藤:
技術的な部分で、特に「ここを専門にしたい」という領域はありますか。

新多:
特定の領域を深く追求されている「エキスパート」は、この業界に大勢いらっしゃいますよね。実は「エンジニア」としてやっていくにあたって、その点でのコンプレックスは常にあるんです。この業界では、理工系の大学を出て、しっかりとコンピュータサイエンスの下地を持っている方のほうが、何をやるにしても馬力が出せます。それを持たない自分が、どう価値を出していけるかというのは常に考えていました。

例えば、自分が DeNA でやっていたような「プロマネ」的な役割というのは、そうした「エキスパート」の人たちの大部分にとっては、あまり得意な仕事ではないものかもしれない。であれば、自分もエンジニアとして手を動かし、エンジニアの仕事や思いを理解しつつ、プラスアルファでマネジメントなどもやっていくというのが、自分のためにも、周囲のためにもベターな戦略なのではないかと思うようになりました。「自分のできるところ」で生み出せる価値を最大化していくという感じでしょうか。

後藤:
それは別に、あらたまさんにとっては「不本意」なことではないのですね。

新多:
ええ。もし、自分では手に負えないレベルの技術が必要なときには、ためらわずエキスパートの方に助けを求めます(笑)。

後藤:
「エキスパート」が得意でなさそうな仕事として、「営業」なんかも思いつくのですが、セオ商事では、今のところ社長の瀬尾さんが一手に引き受けていらっしゃる感じなのですか。

新多:
以前はそうだったのですが、今ではもちろん、私もいろんなところにご用聞きにうかがっていますよ。それ以外に「THE GUILD」を通じて、お仕事をいただくこともあります。

後藤:
THE GUILD というと、深津貴之さんが社長を務めておられる会社ですよね。

新多:
ええ。THE GUILD は会社の体裁をとっていますが、実体は、それぞれにスキルを持ったフリーランサーの方々をオーガナイズして、個人ベースでは受注が難しいような規模の大きな案件を受けられるような体制を作っている組織なんですよ。その案件に参加するといった形です。

後藤:
現在の会社のスタイルを見ても、これまでのあらたまさんのキャリア形成のスタイルを見ても、いろんな形の「コミュニティ」に参加、貢献しつつ、そのパワーをとても上手に活用しておられる気がします。コミュニティ活動はお好きですか。

新多:
結構、楽しんでいます。「若手Webエンジニア交流会」についても、今後の運営をお手伝いさせていただくことになりました。わたしたちも、ファウンダーの方々も中堅になり「若手とは」問題が顕在化しているのですが、この会には、私自身が「育ててもらった」という感覚があり、今後業界に入ってくるエンジニアのためにも「この場をなくしちゃいけない」という思いで引き受けました。

ただ、よく「あらたまはコミュ力高い」と言われるんですが、実際にはどちらかといえば「インドア派」だと思います。だから、コミュニティ活動は体力を使いますけれど、使った分だけ「楽しいこと」が起こることを知っているというのが、続ける理由になっていますね。

「ものづくり楽しい」の原体験となった卒業制作アプリ

後藤:
あらたまさんは、セオ商事のエンジニアとして、新たなキャリアをスタートされたわけですが、その中で今後どういったことをやっていこうと思っていますか。

新多:
会社の方向性としては、これまで Web の文脈では光が当たってこなかったような分野にスポットを当て、自分たちのスキルと、その分野の方々が持っている知識や思いを結びつけて世に出すというところで新しいことをやっていきたいと思っています。受託だけではなくて、自社プロダクトも作っていきたいですね。

私個人としては「哲学のあるものづくり」を続けていきたいという思いがあるんです。

後藤:
「哲学がある」とはどういう意味でしょう。

新多:
ふんわりとした表現になってしまって申し訳ないのですが、プロダクトに関わる人たちが、それぞれ明確な「哲学」を持っていて、それがきちんと反映されるようなものづくり…といった感じでしょうか。

卒業制作として作った「テンスウリズム」という作品があるのですが、私の中ではそれが今に続く「ものづくりが楽しい」という思いの原体験になっています。この作品は、企画、デザイン、エンジニアリングの各担当者が、それぞれに自分の担当分野で一気に作業をして作り上げたのですが、プロダクトにはきちんと「哲学」が宿っていて、それに共感してくれる人たちが、楽しんで使ってくれるものになりました。

もともと、私個人はそれほどアイデアフルな人間ではないと自覚しているのですが、もしそうしたアイデアを持っていながら、それを形にするスキルがないという「もやもや」感を持っている人がいれば、そうした人と一緒にものを作ってみたいというのが、今の思いです。

後藤:
世の中には、自分なりの仕事の軸を持てずに悩む人も多い気がするのですが、学生時代にその軸になるような貴重な経験ができたというのは強いですね。

新多:
失敗したこともあるんですよ。プロダクトに対するビジョンが共有できず、途中でチームが解散してしまい、結果的にしんどい思いをしたこともありました。それでもなお、私が共感してのめりこめるのが、そういう形での「ものづくり」だったということだと思います。

後藤:
前回登場いただいたユーザーローカルの三上さんが、あらたまさんの印象を「技術そのものよりも、サービスとしてのテクノロジーが好きそう」と話してくださったんですが、実際にお会いしてみて、その印象は正しかったと確認できたような気がします。

新多:
そうですか。自分としてはそれが「身の丈に合っている」と思っているのですが…。

後藤:
新しい環境でお仕事をされていく中で、まだまだこれから「身の丈」が伸びていく可能性のほうが大きいですよね。どんなものを作っていかれるのか、楽しみにしています。

次回は MySQL のスペシャリストが登場

後藤:
では、最後に次回のインタビュー相手になっていただけそうな方をご紹介いただきたいのですが…。

新多:
トレジャーデータのkamipoさんの話を聞いてみたいです。よくMySQL系のイベントに出ているので、知名度はとても高いと思うんですけど、あまりこういう媒体で話をしているところを見ないので、興味があります。

Rails にも、特に ActiveRecord(Rails 標準の O/Rマッパー)関係でたくさんコントリビュートしていて、今年上半期の ActiveRecord へのコミット数はトップなんだそうですよ(2016年11月現在でもトップ)。「自分がやったらやっただけ、世の中が良くなるのが分かるから、やっている」と言っていて、kamipoさんはすごい人だな、と思っています。

後藤:
私が仕事で関わっているサービスのほとんどは、まさに Rails + MySQL という構成なので、知らず知らずのうちに多いに助けられている、ということですね。お目にかかるのが楽しみになってきました。なにか kamipoさんに聞いてみたいことはありますか?

新多:
そうですね…「5年後何をしていたいですか?」とか聞いてみたいですね。

後藤:
わかりました。しっかり伺ってきたいと思います。本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございました。

執筆:高橋美津



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