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小説を書けるのは、エンジニアとしての顔があるから。(逸木裕[小説家])〜Forkwellエンジニア成分研究所

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小説家。多くの人が思い描き、実現できない夢。それを叶えた人物のひとりが、逸木裕(いつき・ゆう)さんです。横溝正史ミステリ大賞を受賞し、エンジニア/小説家という二足のわらじを履く日々。

 

エンジニアの多様な生き様をお伝えする「Forkwellエンジニア成分研究所」の第2回では、2018年6月に第三作「星空の16進数」の刊行を控える逸木さんに、働き方のこだわりを伺いました。

「規則正しい生活の方が楽だ」と気づいた。

 

――逸木さんは第36回・横溝正史ミステリ大賞を受賞した小説家であり、デビュー作「虹を待つ彼女」は有栖川有栖氏から

 

>まるで着地点が予想できない。

>やがて思いがけない結末を迎えたところで、その新しさに感嘆した。

>こんなミステリを、あなたのような方をお待ちしていました。

 

こう激賞されるなど、華々しいスタートを切りました。一方で、逸木さんはそれまでの職業であるエンジニアも兼業されています。今、どんな働き方をされているか教えてください。

 

逸木 プログラマーと文筆が、時間的に半々ぐらいですね。プログラマー業は、不動産事業者の中に入って働くのがメインです。あとは、フリーランスなのでたまに細かい発注が来るので、受けたり受けなかったり。

 

――不動産の業者さんとは、どんなことをやってるんですか?

 

逸木 ウェブサービスを作っています。物件に住みたい人と物件をマッチングする検索サイトのシステムをずっと組んでいます。

 

そことはお付き合いが長くて、2011年ぐらいからずっとやっています。常駐している日は会社員の働き方と同じです。週3日お客さんのところに出向き、10時出社18時退社という生活です。

 

フリーランスになりたてのころは、一日中在宅勤務をしたりなど割と自由な働き方をしてたんですけど、「あまり自分には合ってないな」「規則正しい生活してた方が楽だな」と気づいて、それからお客さんの会社に席を作ってもらうようになりました。

 

――規則正しい生活をしてると、やはり体調がいいですか。

 

逸木 メンタル面で大きな違いがありますね。当時は独身でしたし、ずっと在宅で働いてると、誰とも話さず1日が終わったりするので。平気な人は平気なんでしょうけど、僕には合ってなかった。会社に行って、皆と話しながら働く方が向いてるなと気づいて、それからそうしています。

 

――会社員生活があるから、小説が書けると。

 

逸木 そういう側面もあります。なんとなくバランスが取れています。

 

――会社から退社してから小説を書かれているんですよね。どんなルーティンでやられてますか?

 

逸木 時間帯に関していうと、1日中ですね。基本的にプログラマーの仕事が入ってない時は文章の仕事をやっています。資料を読んだり、文章や企画書を書いたりを、残りの時間でやっています。

 

小説の仕事って正解がないというか。どんな企画を立てれば良いか、企画に対してどのように原稿を書けばいいか、答えがないので。一方、プログラマーの仕事は仕様通りに作っていけば良いわけで、答えのある仕事をやれている時間が癒しになっている部分があります。

 

――プログラマーとしての仕事が、小説執筆に影響を与えている部分はありますか?

 

逸木 1回リリースする、というところですね。手を離すということ。エンジニアリングに関わらずですが、要求に対してどう実装していくかは突き詰めていくとキリがないですよね。いくらでも直せちゃうので。小説も同じなんです。

 

けど、そこを1回見切って編集者に提出する。プログラマーはリリースしたものを直していけるという特性があるので、出してみてユーザーの動きによって修正を加えていきます。小説はリリースする前に編集者と徹底的に直しますが、「あまり手元に抱えずに出す」というクセはつきましたね。

 

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駄作でいい。とりあえず一作、完成させよう

—社会人になって、最初の仕事はなんだったんですか?

 

逸木 最初はSIer、システムを受注して作る会社にいました。そこで5年働いて、そのあとベンチャー企業に4ヶ月ぐらい在籍してからフリーランス、という経緯です。最初の会社ではとある大企業の下請けをしていて、そこの社内システムをずっと作っていましたが、徐々にBtoC的な仕事をしたい気持ちが強くなってきまして。

 

その頃から「大企業に転職するかフリーランスで1人でやっていくか」といったことを考えていたんですが、小さい組織の方が向いてるのではと思って、ベンチャーを間に挟んでフリーになった感じですかね。独立してからは、ちょうど10年目です。

 

――小説を書き始めたのはいつ頃からですか?

 

逸木 かなり昔ですね。中一の頃から書いてるので24~5年です。作家になりたくて中学、高校の頃はずっと書いてたんですけど、大学に入ってから書けない時期が続き、15年ほど経った30代半ばからまた書き始めて賞をいただくことができました。

 

――中・高と書いて大学入って書けなくなってから、結構間が空いたんですね。その間は、全く何も書いていなかったんですか?

 

逸木 本当に少しだけ書いていたのですが、完成させられない時間が長く続いたんです。ただ、プログラマーとして多くのシステムをローンチしてきた経験が助けてくれて、ある時期から「とりあえず一作、駄作でも良いから完成させよう」と考えられるようになりました。最初の1作目は、完成度は全く気にせず最後まで書き上げました。そこからは自分の作品を見直して、質を上げていこうとなりました。

 

――1回書いて出すことでPDCAが回せるようになったと。

 

逸木 そういうことです。

 

――ただ、賞は「ここが理由で落ちました」というフィードバックはくれないですよね?

 

逸木 そうです、最終選考に残らない限り選評はもらえません。なんで落ちたのかはよくわからないので、手を変え品を変え応募しました。

 

――自分的に「作ってみたものの納得いかない」という作品はあったんですか?

 

逸木 あります。(賞に応募した)最初の3作は、資料も読んでないしリアリティもおかしい、アイディアの数も足りない。デビュー作(「虹を待つ彼女」)も、今考えると行き当たりばったりで書いてました。今の方が、事前に練って書けています。

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ある種、小説に振り回されていたんです。

 

――そして2016年9月、デビュー作「虹を待つ彼女」が出版されました。本書の執筆にあたって、資料にどれぐらい当たられたんですか?

 

逸木 人工知能については、当時手に入った書籍に関してはたぶん全部読みました。まだ、今ほど爆発的に人工知能の技術本は出てなかったので。ドローンの本、パーソナリティの本、癌の本なども読みました。テクノロジー系は書籍として出ているものよりも、技術系ブログを読んだ方がキャッチアップが早い面もあります。

 

――4作目で入賞されたんですね。おそらく、相当早いほうですよね?

 

逸木 早い方だと思います。良いネタに出会うことができ、幸運でした。

 

――納品して商業ベースに乗る小説は、リライトされたものですよね? デビュー作は、何回リライトかかったんですか?

 

逸木 大きく直したのは2回です。その後、ゲラといって書籍になる前の段階で細かく直しています。起承転結はいじらないですけど、登場人物の心情やセリフがおかしい箇所とか、展開を直したりとか。今度出る3作目「星空の16進数」も、初稿から大幅に直しています。登場人物を何人か削ったりというレベルの修正もありました。

 

――全体のつじつまを合わせないといけないわけですもんね。エンジニアの仕事でも、似たような仕事ってありましたか?

 

逸木 お客さんから「ソースコードを直せ」と言われることは、ないですね。僕のクライアントはコードを読まないので、納品したものの動作しか見ないです。

 

システムって積み増しでコードが増えていくので、最初の頃に書いたコードと最新のコードとの整合性が取れなくなってくる問題はあります。専門用語で「技術的負債」といいます。ちょうど今やってるプロジェクトは運用して4年目ぐらいで、古いコードが足を引っ張ってるところがあります。イチから直すのは結構大仕事なので、少しずつ修正をしているところです。小説の改稿に似ていますね。

 

――違うところも多いですが、共通してるところも多そうですね。

 

逸木 似ているところの方が多いです。ものづくりなので、両方とも。

 

――今後、仕事の方向性はどのような形を考えてらっしゃいますか?

 

逸木 エンジニアとしては時間的にこれ以上手を広げられない状態ですが、今の仕事はやりがいがあります。システムも設計から関われますし、衣食住の「住」は、人間にとって必要なものなので。当面は今のクライアントにコミットし、価値を提供しつつ、小説を書いていければ良いかなと。

 

AIやIoTなどキャッチアップしたい技術はたくさんあるんですけど、時間がないんですよね。技術者にとってはエキサイティングな時代なのですが、そこに乗っていけてないジレンマはあります。とりあえず目の前の仕事に全力投球しようと思っています。

 

――プログラマーにせよ小説にせよ、異なる2つのやりたいことに全力投球できるのは幸せな環境ですね。

 

逸木 幸せですね。仕事の環境としてもすごく恵まれてると思います。

 

――小説家としてはどういう方向性を?

 

逸木 最近ようやく自分の方法が見えてきた感があって。デビューしてから2年ぐらい経つんですけど、この2年は小説に振り回されていたというか、とにかく夢中で書いてる感じでした。けど最近ようやく落ち着いて書けるようになってきたかなと。もっと生産量をあげて、バリバリ書いていきたいですね。

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誰と働くかが、1番大事だと思います。

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――逸木さんの働き方に関するこだわりを6項目に分け、計20点満点に振り分けていただきました。上記は、それをレーダーチャートにまとめたものです。一つずつ、数字の理由を伺います。

 

・専門性向上 2

 

逸木 「求めているがコミットできてない」という意味で2にしました。小説を書く前は、かなり自己研鑽をやっていたと思います。新しい言語を学んだり、勉強会に出たり、ひとりでサービスを開発したり。

 

――今はあまりできてないんですね。

 

逸木 お客さんのいる仕事では、新しいことって投入しづらいんです。プログラミング言語にしても、僕以外の人がメンテナンスできないといけないので出たばかりのものは使いづらい。そういう時に効果的なのは、座学よりも自分のプロジェクトを立ち上げて投入していくということです。一時期、Webサービスをたくさん作り、そのあたりを勉強していました。

 

――そういえば、最初の小説を執筆した時に、執筆支援のためのソフトウェアを自作されたそうですね。

 

逸木 原稿の執筆量をカウントするプログラムとか、簡易的に校正をやってくれるプログラムを作って誤字脱字をチェックしています。

 

――ワードの校正ツールよりも精度は高いんですか?

 

逸木 得意な範囲が違う感じですかね。僕はジャストシステムの校正ソフトも使っているんですけど、僕が作ったプログラムで拾えるものと、ジャストシステムのソフトで拾えるものとがあります。

 

・社畜度 0

 

逸木 お客さんの言うことには従ってますけど、社畜度はないですね。今のプロジェクトは好きですよ。

 

・働き方自由度 0

 

逸木 世の中ノマドワークや在宅勤務など自由な働き方がありますけど、僕は全然こだわってはいないです。むしろオフィスに出社して働く時間があるほうがありがたいです。そういう意味で、ゼロですね。

 

・事業内容 5

 

逸木 やりがいに直結するので、大事にしています。昔、小さなプロジェクトにたくさん関わってた時期があるんですが、せっかくシステムを納品したのにリリースされないことが多々あって、「コードを書いてお金をもらってるだけ」という状態が続いたんです。利益は上がるけれど社会の役には立ってない、という虚しさが常に付きまとっていました。

 

安定して事業をやってる会社の中に入って、エンジニアという側面からビジネスに関わっていく方がやりがいはあります。

 

・お金 3

 

逸木 満足のいく報酬をいただいていますので、あまり求めていないです。

 

・仲間 10

 

――これは10なんですね。

 

逸木 誰と働くかが一番大事だと思います。今のプロジェクトは僕が紹介した人が入って一緒にやってくれたりしてるので、そういう意味でも恵まれています。

 

――仲間の基準はなんですか?

 

月並みですけど同じ方向を向けるってことですかね。今の場合、クライアントの事業に対して主体的に関わっていこうとするメンバーが多くて。もちろん「お仕事ですよ」とやってくれるプロフェッショナルも必要だとは思うんですけど、プロジェクトをもっとよくしようとして関わってくれる人は仲間だなと思います。

 

――技術力ももちろん重要だけど、志が同じ人が良いと。

 

逸木 そうですね。小さい組織ほど大事かなと思います。昔いたとあるプロジェクトではそれが結構バラバラで、4、5人のチームなのにみんな違う方向を向いていたりして、辛かったことがあります。

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「一所懸命」って言葉がすごく好きです

 

――転職者の人たちにメッセージをいただければ幸いです。

 

逸木 まず、自分の満足する条件を出すというところですかね。給与面もそうだし、その他の待遇もそう。そこで折り合いがつかないと、いざ転職してもわだかまりがずっと残っちゃうので、まずそこで合意を形成すること。

 

あとは、一旦持ち場を得たら、とりあえずそこで頑張ってみること。僕「一所懸命」っていう言葉がすごく好きなんです。目の前の仕事にフルコミットして全力でやってみると、知見もたまりますし、その後の展開が開けたりもします。

 

ブラック企業の場合は例外で、その場合はすぐやめたほうが良いと思います。けど、そうでないなら多少不満があってもかじりついてやってみるのが長期的なキャリア形成にはプラスになるんじゃないかなと思います。

 

<了>

 

ライター:澤山 大輔